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サンタ・クローズ(閉店)

俺の前世は悪魔だったのかもしれない。

うん。まぁ、そう引くな。そりゃ確かに久しぶりの更新でいきなりこんなコトを言われたらコイツとうとう頭がヤラれちまったぜYEAH!ってアメリカンなリアクションされても仕方ない。

しかしな。俺だって何の理由も無くこんなコトを言い出したワケじゃない。物事には何だって理由ってのがある。ここは一つ、その理由ってヤツを聞いてみてはいかがですかな皆様方。

「俺達、一生の友達でいような!」「もちろんさ!」なんて言いながら堅い握手を交わした親友と書いてマブダチと同じ人を好きになってしまって恋を取るか友情を取るかといった青春真っ只中の若人には分からないかもしれないが、二十歳を越えると一年というのはホントあっという間に過ぎていく。

ついこないだまで暑い暑いと言っていたのに、気がつけば世間はすっかりウインター。冬一色と書いて「ふゆいっしょく」ってワケですが、トウイーソーって読んでみるとなんだか役満みたいでちょっぴり嬉しいよね。役満ってなんかヤラしいよね。いや、語感が。

俺はどちらかと言えば夏の方が女性が薄着なので好きなのです。冬は女性が厚着になってしまうのであんま好きじゃないなぁ、と思っていたのですが、ところがどっこい最近の女性はオシャレに関して凄まじい情熱をお燃やしになられております。もう余裕でミニとか履いてる子いるのな。

このクソ寒い中でミニを履くってお前どんだけ脚見られたいねん。キミ太ももとかすごい出てるじゃないか。彼氏が「さみぃ~」とか言いながら手にハァ~って息吐きかけてたら「こうすれば暖かいよ」とか言いながら彼氏の手を自分の太ももに挟んだりしちゃうのか。そんで彼氏が慌てて手を引き抜こうとしたら「まだ暖まってないからダーメ」とか言いながらギュッと太ももに力を入れるのだろう。そんで狼狽する彼氏の耳元に「あんまり動かすと私の体が火照ってきちゃうよ」とか何とか…といささか興奮しすぎて赤信号に突っ込みかけた俺はもうそろそろ落ち着くべきだと思う。とてもじゃないが社会人とは思えない。獣か俺は。

まぁ、そんなこんなで冬が嫌いじゃなくなってきていたのですが、やはりどうしても受け入れられないモノが冬には存在するのです。そして、それはもう目に見えるところまで来ているのです。

そう。
ヤツの名はクリスマス。

もうクリスマスとかイヤ。この際、俺だけのためにクリスマスを廃止にして欲しい。出来るコトなら歴史を遡ってクリスマスという文化を日本に持ち込もうとするヤツを全力で阻止したい。それが叶わないなら片っ端からクリスマスと名の付くモノを破壊したい。クリスマス廃止の嘆願書を持って国会に駆けつけたい。安部政権に期待したい。ファッキン・メリー。

人生の四分の一くらい過ごしてきたけど、クリスマスってロクな思い出が無い。皆さんがどんな暖かいクリスマス・メモリーを持っているか知りませんが、少なくとも俺にとってクリスマスとは忌まわしきモノ。

話は高校生の頃に遡る。

学生というのは気心の知れたメンバー達と行動を共にする習性がある。いわゆる仲良しメンバーというヤツだ。ご多分に漏れず、俺もその習性に従い、数人の友人達と毎日を過ごしていました。果たしてそこにどんな磁場の影響があったか知らないが、俺はなぜか男前が揃っているグループに籍を置いていたのです。

高校と言えば思春期ド真ん中で目に映るモノ全てがエロスに見える年頃ですから、性への憧れなんてのはそれはもう凄まじいモノがあります。俺がいたのは男前が揃っているグループですから、異性の話題になると会話の内容が生々しくなります。

電気を消すタイミングだとか、ゴムをつけるタイミングだとか、ヤろうとしたら生理が始まって出来なかったとか。え?セックスってまんこにちんこ挿せばいいだけじゃねぇの?とか思っていた俺は、そんな討論はそっちの気で短くした女生徒のスカートの中に夢中だったモノです。

当然、そんな俺に恋人と呼べる存在が出来るハズもなく、クリスマスの時期になるとプレゼントの準備やらなんやらで忙しくなって遊べなくなる友人達に一抹の寂しさを感じながら日々を過ごし、クリスマス当日は深夜のゲーセンで脱衣麻雀に情熱を燃やして補導されたりするワケです。

そんなクリスマスばかりだったので俺はクリスマスにロクな思い出が無い。他に覚えてるクリスマスってーと、中学時代からの友人Mに「なんかブツブツあるんだけど病気かな」と、ちんこ見せられた思い出しかない。どんなクリスマスプレゼントだよチクショウ。

こうして思い返してみると、よくよくクリスマスには縁が無いのが分かる。だが、俺がクリスマスがイヤだと思うのは、それだけが理由ではない。

クリスマス・ソング。
コイツのせいだ。

別にクリスマスが嫌いでは無かった頃、すなわち子供の頃からそうだったのだが、なぜかクリスマスソングを聴くと俺は切なくなる。クリスマスソング独特の音運びを聴くと、心の奥の方からジワジワと、表現しようの無い感覚が込み上げてきてキュンとするのだ。

そこで俺は思ったのです。

クリスマスというのはキリストの誕生を祝う聖誕祭。
キリストとは即ち神の使い。その神の使いの誕生を祝う歌が俺をモヤモヤとさせる。
つまり、俺の中の何かがキリストの誕生を祝っていないのではないか。神と悪魔は相反するモノ。
つまり、俺は悪魔なのか。

と、冒頭の結論に至ったワケです。

なるほど、それならクリスマス嫌いも頷ける。だって俺の敵が生まれた誕生日パーティだもの。祝えるワケが無いじゃないか。祝えないならどうする。そうだ、ブチ壊してやればいい。ようし、そうと決まれば早速街に繰り出してクリスマスの気配を消してやる。武装集団「沈黙のクリスマス」結成だ。まずは団員を募集して…。

と、息巻いたはいいが、よーく考えてみなくても、俺って神とか信じてなかった。つまり悪魔も信じてないってコトになる。コイツはとんだ大失敗だ。また最初から考え直す必要がある。

っていうか、別にクリスマスソングも嫌いじゃないや。うん。
っていうか、むしろ好きかもしれない。だって普通に生活しててキュンとするコトってそうそう無いぜ。

もしかしてアタイあの人が好きなのかしら?とか考えた時の感じを思い出してごらんなさい。どうよ?キュンとしたべ?しないか?したろ?しろよ。クリスマスソングを聴くとそんな感じになるワケですよ。

まさかの逆転ホームラン。
イヤよイヤよも好きの内とは良く言ったモノですな。
ここに来てクリスマスが好きという結論に至るとは、さすがの俺も予測してなかったぜ。自分にビックリしましたよ。ビックリスマス。

はい、そんなワケで見事にクリスマスが好きになった俺ですが、カップルとか嫌いなので、カップル共が群れるイベントも嫌いなので、やっぱクリスマス嫌いのままでいい。せいぜい大勢の人でごった返すツリー前に群がって恥じらいも無くチューとかブチかましてろってんだ。チクショウ。もうどうでもいいよ。俺はもう猫がいればそれでいいにゃー。にゃー。

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俺の世界

自分と他人の認識ってのは、必ずしも同じとは限らない。

こないだテレビを見ていると、小倉優子が出演していた。
何の脈絡も無いが、俺は小倉優子が嫌いだ。何が嫌いって、あのキャラクターが嫌いだ。確かに天然ボケは可愛いモノだ。しかし、ヤツのソレは明らかに電波だ。喋り方、キャラ、態度。それら全てが気持ち悪い。可愛いと思ってやっているならそれは間違いだ。お前はやりすぎたんだ。イレギュラーなんだよ。

俺とヤツは同じ人間という種であり、同じ作りの脳を持つ。
なのに、なぜか俺はヤツの思考が理解できない。
その「違い」はドコから来るのか。テレビを見ながらボーっと考えた。

育った環境が違うから好き嫌いは否めないとか、そういう問題じゃない。俺セロリ食えるし。
俺が問題にしたいのは、いわゆる「個体差」というヤツだ。

例えば俺はトマトが大嫌いだ。
だってトマトってクサくね?マズくね?ヤバくね?
あの柔らかさ、ニオイ、味、見た目。全てが俺の癇に障る。確実に俺を殺そうとしてる。とてもじゃないが優しさを感じられない。あんなモンに抱かれたくない。

けれどコレを読んでいる人の中には、嫌いどころかむしろ好きという人もいるだろう。
トマトのニオイが精子を連想させるとか、トマトのプルプルが精子を連想させるとか、そういったモノを超越して好きという人もいるだろう。むしろ精子に似てるから好きという人もいるかもしれない。そういう女性は是非名乗り出てほしい。大事な話がある。男は帰れ。むしろ還れ。

このように、食べ物一つとっても個体差による違いは顕著だ。
食べ物の好みなどはむしろ分かりやすい方で、これが感性・センスなどになると、とてつもなく分かりにくくなる。

例えばこの色

何色に見えますか?
うん、赤です。紛れもない赤。

ここでこのDIOは考える。
俺の「赤」と、キミの「赤」は、果たして本当に同じ色なのか、とね…。
ドドドドドドドドドドド…!

まぁ待て。落ち着け。ALT+F4でブラウザを強制終了させるのは待ってくれ。
別に頭がイカれちまったワケじゃない。きちんと説明しようじゃないか。

例えば信号でつかまったとしよう。
つかまったというコトは、信号は赤だ。
青は進め、黄色は注意、赤は止まれ。日本全国、誰でも知ってるコトだ。大阪を除いて。アレでしょ?大阪って青は進め、黄色は注意、赤は勝負なんでしょ?
おっと話がズレた。

この信号の赤。
俺にとっては赤だけど、他の人が見たら実は青だったりするんじゃなかろうか。

分かる。分かるぞ。アンタが何を言いたいのか分かる。
それじゃ事故っちまうじゃねーか、ってんだろ?
では、例えを変えてみよう。

0から9までの数字を並べてみる。

0123456789。

コレが俺にとっての数の順番。
しかし他の人にとっての数順を俺の脳で認識したとしたら。

2856390741、となるかもしれない。

俺の順番でいうところの「5」が、俺にとって赤だとする。
しかし他の人にとっての赤は「3」かもしれない。
俺が認識している数の123は、他の人の認識では856なのかもしれない。

どうだろう。分かってもらえただろうか。
まだ分からないという人のタメに、さらに分かりやすい例を出そう。

国が変われば言葉が変わる。
日本では「赤」、米国では「RED」になる。
言い表す方法が違うだけで、表しているモノに違いは無い。

コレと同じコトが、我々人間の頭の中でも、起こり得るのではないだろうか。
俺と他人の脳は、言ってみれば別の世界なのではないだろうか。
小倉優子は本当にコリン星に住んでいるのではないだろうか。
住む世界の違いだけで彼女を否定するのは何か間違っているのではないか。

そこまで考えが至った時、俺は走り出していた。
どこをどう走ったのかは分からない。
ふと気がつくと、俺は小倉ありすのAVを抱え、満面の笑みで帰宅していた。

まぁ、ほら、顔はいいから。
え?小倉優子?誰ッスか、それ。

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凶徒旅行

気がつけば2週間ほど放置していたワケで、どうせ飽きて誰も見に来ちゃいないだろうとタカをくくり、管理人の俺自らも危うくこの「イカらーめん」の存在を忘れそうになっていたのですが、カウンターを見る限りでは毎日僅かながらも誰かしら訪問してくれており、来客の無かった日は無い様子。
これには俺も驚いた。カウンターを見てカウンターを食らった。うまいコト言った。

更新の無かった空白の2週間に何も無かったかというと、そうでもない。
そうだ。京都行こう。と【まー】、京都へと行って参りました。
ホントのコトを言うと、ウチの爺さん&婆さんの遺骨を京都にあるデカい寺に納めよう、ってんでウチの親父と共に納骨しに行ってきたワケです。

朝早くから車→電車→新幹線→タクシーのコンボを繰り出しつつ向かった先は京都のデカい寺。
何がどうなったらそうなるのか知らんが、やたらデカい。階段もメチャ多い。坊さんも山ほどいる。
神や仏を信じない俺ですが、こうも厳かな雰囲気とデカい建造物、さらには山ほどの坊さんに迎えられては、なにやら神妙な気分になってくる。

煩悩まみれのこのボディ。
こんな俺でも、爺さん婆さんのタメに何か出来るコトがあるんだ。
そう思いつつ、納骨の手続きをするために社務所っぽい所に行ってみる。

そこで待ち受けていたのはカップルの山。
何がどうなってんのか知らんけど、何やら社務所の前はカップルで溢れかえっているではないか。

どうなってんだコレ。
カップルが手を握っている横で、俺は骨を握り締めてる。
何この疎外感。おかしくね?ここは寺じゃないのか?

ふつふつと湧き上がる負の感情。
俺がこんなに神聖な気持ちでここまで来たってのに、カップル共はキャッキャキャッキャ言いながら乳繰り合っていやがる。

ハッ。
いかん。
今は俺のするべきコトをしなければ。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
ナムアミダ…ナンマイダ…。

女「うっそー、それ私のじゃないってー」
男「いや、お前のだって。他に誰のがあるんだよ」
女「こないだ泊まった時かなー?」
男「絶対そうだよ。他に誰が俺んチでパンツ忘れんだよ」
女「ちょ、声大きいってー」

ナンマイダ。
パンツ何枚忘れたんだ。
いいから一枚よこせ。
悪いようにはしないから。
っていうか、ホント死ね。
今死ね、すぐ死ね、ここで死ね。
ここならすぐに供養できるから。
クソッたれが。

と、悶々と考えていると順番が回ってきたので、手続きをして納骨を済ませました。
さすがに遺骨を持ったままというのは緊張するモノで、無事に済ませられたコトで気が緩んだのか、トイレに行きたくなりました。

ここのトイレは先ほどの社務所から少し離れた場所にありまして、帰りがけにそこのトイレに寄って用を足すコトに。
そしたらそのトイレの陰でカップルがチューしとった。

ホントお前らドチクショウ。
怒りのあまりナムアミダっていうかナミダが出そうになった。あんまり腹が立ったから、帰ってから巫女さんのAVでオナニーしてやったわ。

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